KatsufumiTakihana

Katsufumi Takihana

Artist

大阪府出身。

お笑い芸人、彫り師を経験した後に絵を描くようになった異例のアーティスト。

アメリカで個展を開くなど、国外をメインに活動中。

Instagram : katsufumitakihana

      

中川 瞬(以下:S)

第二回のADD MEETINGは、今期から新たにお取り組みをさせて頂いているKatsufumi Takihanaさんに話を聞いてみました。

宜しくお願いします。

 

Katsufumi Takihana(以下:K)

宜しくお願いします。

 

S

今日はTakihanaさんの生い立ちから今回作ったTシャツの事までお話出来ればと思ってますが、僕とTakihanaさんは元々はウチでもモデルをやってくれてる益川さんの紹介で知り合いましたよね。

 

      

※banalchicbizarreではお馴染みの益川氏。

K

そうだね。

彼とは彼が18歳の時からの付き合いになるかな。

俺の家に転がり込んできて半分居候みたいになってたよ。

 

S

その頃から絵は描いていたのですか?

 

K

いや、全く。

それこそ幼少期は絵を描くのが好きで、怪獣とか恐竜の絵とか描いてた。

 

S

何か参考にして描いてたのですか?

 

K

特にそういうのは無くて、完全オリジナル。(笑)

怪獣図鑑は好きで良く見てたよ。

 

 

      

※ヒーローより怪獣派だったらしい。

S

学生時代はどんな感じだったんですか?

 

K

普通にサッカーとテニスやってた。(笑)

絵は全く描いてない。

その後、美術の短大に行った後に大阪エスモードのデザイン学科に入るんだけど、絵を描けば良いのかと思ったらパターンも授業でやる事が後からわかって…。

パターン引くのに変な曲がった定規とかあるでしょ?

あれ使えって言われても全然ワケわからなくて。

エスモードは一年で辞めた。

 

S

ファッションデザイナー目指してた時期があったんですね。

なんか意外です。

 

K

今考えると何で行ったのかよくわからない。(笑)

 

S

それでエスモード辞めてからはどうしたんですか?

 

K

辞めて、一年間ダラダラしてたら高校の時の友達から連絡がきて、「芸人ならへん?」って言ってきて。

「ええで」って。

 

S

全然目指してなかったのに、「ええで」ってなるんですね。(笑)

 

K

全然目指してなかったけど、「ええで」って言ったもんだからやる事になって。

そしたらポンポンポンと上手く行ってしまって、東京のM芸能社に入った。

 

S

それ、所属先に入る前にインディーズで活動してから入ったって事ですよね?

 

K

いや、そういうのほとんど無かったよ。

コンビ結成してすぐ事務所に入った。

そしたらすぐにスケジュール入ってしまって、でもまだ大阪に住んでたから急いで上京したよ。

 

S

その時はネタとかいくつかあったんですか?

 

K

無かった。

 

S

ヤバいっすね。(笑)

じゃあスケジュールだけ決まっちゃってるって事ですよね?

 

K

うん。

でもまあ若手ライブだからそれなりに何とかなった。

まだ22歳くらいで若かったから、まあ何とかなるだろってノリだったかな。

 

S

その後どうなっていくんですか?

 

K

最初は結構良かったんだけど、事務所の先輩にBリズムさんがいて。

当時からやっぱり凄いんだよね。

それで、後輩みんなのボケがBリズム化していくんだよね。

 

S

感化されちゃうんですね。(笑)

 

K

事務所のライブとか全組シュールな感じとかになっていって。

でも、芝居もロクに出来ないのにシュールなネタなんか出来る訳ないんだよね。

だから客にしたら何やってるのかわからない感じになっていって…。

そこから最初の暗黒時代に入っていったかな。

 

S

芸人はここで辞めるんですか?

 

K

いや、まだ続けてて、ネタとかも作ったりしてたんだけど、最後はマネージャーと揉めて辞めた。

あまり良い辞め方じゃなかったな。

 

S

相方さんも一緒に辞めたんですか?

 

K

相方も一緒に辞めた。

今は湘南でサーフィンしたりしながら普通に働いてるよ。

スローライフを送ってて、ある意味夢叶えてる。

 

S

なるほど〜。

その後はどうなっていくんですか?

 

K

その後は、第二の暗黒時代だね。

一番暗黒だった。(笑)

多分今思うと鬱に近い状態になってて。

それで何もしたく無くなって、バイトも全部辞めて徳島のおばあちゃん家に行った。

2週間ぐらい毎日海を見るってだけ。

そしたら治った。

あの時はお笑い辞めて人生の目標を見失った頃だったし、年齢も27歳くらいだったから色々悩むじゃん。

ふと振り返ってみると、「あれ?俺が出来るのって人より少しだけ上手くツッコむくらいじゃん」とか思って。

何したら良いんだろ?ってなるじゃん。

 

S

僕も一回なりました。

19歳からこの仕事だったので若いノリで突っ走ってて、特に不安になるとか無かったんですけど、子供が生まれるってなってから初めて一生養うって事を実感しましたね。俺ファッションしかやってきてないけど大丈夫かな?って。

今はもう乗り越えましたが。

 

K

やっぱそういう時期あるんだね。

 

S

話を戻しますが、2週間後、徳島から東京に戻るんですよね?

 

K

戻るけど、実際何も解決してないから特に何もなくそこから何年か経つんだよね。

 

S

その間はアルバイトですか?

 

K

そう。

しばらくバイトしてて、それでまた少し暗黒面が出てきて。

29歳の時に俺もともと何やりたかったんだろ?とか考え出して。

それで思春期にロックを通るじゃん。

それで、ミナミとかアメ村行くとタトゥー入れてる人とか結構いたのを思い出して。

あ、俺そういえばタトゥー彫る人になってみたかったなと思い出して。

割と軽い気持ちでなろうって思ったけど、まずは自分で始めてもどうして良いかわからないなと思って、色々調べてそっちの世界では有名な人が雇ってくれるってなって、そこに弟子入りしたんだよね。

 

S

そこではどうだったんですか?

 

K

そこでの仕事が今までで一番頑張ったと思う。

最初の一年間は一日15時間は絵を描いてた。

それで絵はかなり上手くなった。

 

S

修行の期間はどのくらいだったんですか?

その間って実際に誰かに彫ったりして修行するんですか?

 

K

修行は一年くらい。

修行中は自分の足に彫ったり友達に彫らしてもらったり。

その後しばらくして、右目の視力が極端に落ちてて、何かを見るとその真ん中が黒くなってて見えない事に気付いたんだよね。

それで、あちこちの病院をたらい回しにされたんだけど、結局原因わからなくて…。

それが原因で遠近感が掴みにくくなって彫り師は辞めるんだよね。

それは今でも治ってない。

 

S

それ凄くストレス感じそうですね…。

それで彫り師を辞めてから絵を描き始めるんですか?

 

K

すぐは描いてない。

その後またダラダラして、NASTYが始まったりして。

      

※NASTYは益川とTakinahaが始めたアパレルブランド。

活動時期は1シーズンのみ。この写真のショーツがNASTYのもの。

S

なるほど〜。

ではその頃は僕もTakihanaさんと知り合ってますね。

コレクションのインビテーションの絵をお願いしたのもこの時期ですね。

 

      

※banalchicbizarre 2009 S/S collectionのインビテーション。

K

そうだね。

それでNASTYが終わった後もダラダラしてて、その後は中ちゃんとも会ってなかったよね?

 

S

そうですね。

全く会ってない時期ありましたね。

 

K

その頃にいきなりトラックに撥ねられて、病院通いの日々を送るんだよね。

 

S

風の噂で聞いてました。(笑)

 

K

それで、仕事も行けないから暇じゃん。

やる事も無いから、久々に絵でも描いてみようと思ったんだよね。

丁度その頃Instagramをやり出したから、絵を投稿したりして。

でも、全然反応無くて、全然つまらないじゃんとか思ってたんだけど、とにかく時間があるから何がいけないんだろう?とか考えて、ちょっとヤバめの絵を載せ始めたんだよね。

自分の考えとかを絵に表さないと相手にも伝わらないんだって気付いて。

格好良い絵は誰でも練習したら描けるけど、面白い絵とか悲しい絵ってその人のセンスとかが問われるじゃん。

 

      

※Instagramから抜粋。この頃から徐々にリアクションが増えてきた。

S

お笑い芸人から彫り師を経験したTakihanaさんならではな絵ですよね。

その頃からフォロワーが増え始めたんですか?

 

K

アメリカの方でフォロワーが増え始めていて、エド・ハーディーの息子が俺の絵を「ヤバい日本人発見したぞ」みたいな感じで紹介してくれて、朝起きたらフォロワーが一気に2000くらい増えてた。

その後も凄い勢いで増え続けてて…。

アメリカ人はとにかく凄いと思ったらガンガン周りに紹介してくれる。

日本はあまりそういうイメージが無いんだよね。

 

S

日本だともっと利害が働くイメージですかね。

ただ紹介するよりも抱え込んでからビジネスを考えた上でPRしていくイメージがあります。

海外で人気に火がついたわけですが、その後の展開はどうなっていくのでしょう?

 

K

その後は絵を買いたいという人が現れ始めて、虎の絵は結構な数の依頼が来た。

あまり同じの描く気がないから3枚まで描いて売ったかな。

個展の依頼がギャラリーから来たり、昔から憧れだった彫り師から絵を買いたいって話がきたり…。

他にはシンプソンズのパロディーを色んなアーティストが描いた個展に出たりして、それには結構有名なアーティストも出てたから海賊版ってレベルではなくて、驚くことにシンプソンズを描いてる本人がこの場に来た。

もうあそこまで有名だとパロディーも楽しんで見れるレベルなんだろうね。

      

※これがオリジナルの作者。上の絵はTakihana氏が描いたシンプソンズ。

 

K

他にはMISHKAのボスからも絵を買いたいって話がきて、会って話したらNYC店で個展やるか?って言われて。

その時にTシャツも作ったりした。

あとはBE STREETって雑誌にインタビューが載ったりもして色々一気にきた。

      

※上はMISHKAのインビテーション。下はBE・STREETから抜粋。

K

その後はSPINSの看板を描いたりとかして、今回の中ちゃんとのプロダクトを始めた感じ。

 

S

やっと現在に辿り着きましたね。

ウチで展開するKatsufumi Takihanaでは、インスタにアップしている絵をこちらが自由にセレクトしてTシャツにしていますがセレクトを見ていかがでしたか?

 

K

まさか金玉を選ぶとは思わなかった。(笑)

次からはもっとファッションっぽいのを描くから。

 

      

※金玉Tを見つめるTakihana氏。腕にはタトゥーが沢山。

S

いや、あのえげつなかったり、ちょっと笑える感じの絵が好きなんです。

先日BEAMSさんとお話した時に先方が気に入っている絵と僕らが好きな絵が違ったので見る人によって好みが全く違うのも興味深い点ですよね。

 

K

ありがとう、とにかく頑張るわ。

 

S

今日はインタビューのお礼に金玉Tシャツを2枚贈呈します。

 

K

ありがとう。(笑)

      

※2016年6月現在、Instagramのフォロワー数は約16000人。そのほとんどが国外から。

<ADD MAG TOPPAGE>